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【ネタバレ】日本史苦手な大人が観た『麒麟がくる』|第二十一回「決戦!桶狭間」【あらすじ】

大河ドラマ『麒麟がくる』の第二十一回「決戦!桶狭間」が放送されました!

お、遅くなりました~!放送再開前の復習としてどうぞ!

ではあらすじをネタバレありで振り返っていきます。

前回の記事はコチラ↓

【ネタバレ】日本史苦手な大人が観た『麒麟がくる』|第二十回「家康への文」【あらすじ】

※以下、ネタバレありますのでご注意を※

1560(永禄3)年、桶狭間の戦い勃発

駿河の今川が尾張に迫る

すでに尾張の大高城、鳴海城は今川の手に落ち、ついに駿河の今川義元(片岡愛之助)が自ら沓掛(くつかけ)城まで進軍してきました。

沓掛城では義元と家臣・朝比奈親徳(山口馬木也)が中心になって作戦会議中。

大高城にいる松平元康(のちの徳川家康・風間俊介)と集結し、織田信長(染谷将太)のいる清須城を一気に攻めるつもりです。

家康は母・於大の方からの手紙を受け取り…?

一方、母・於大の方(松本若菜)の使者・菊丸(岡村隆史)から「戦から身を引くように」と書かれた手紙を受け取った家康は…?

菊丸も三河を思えばこそ義元から手を引き、三河を尊重すると約束してくれた信長側につくように説得します。

しかし義元の大軍との戦いはあまりに不利であり、家臣のことを考えると寝返ることは出来ないと即決した家康。

あんなに焦がれたお母さんからの頼みでも冷静に判断しました。

蚊帳の外の光秀、尾張へ

越前で今回の戦からは完全に蚊帳の外に放り出されている状況の明智十兵衛光秀(長谷川博己)。

家臣の明智左馬助(間宮祥太郎)とともに清須城に急ぎます。

 

5月19日午前4時、家康出陣

家康の説得失敗で、信長の作戦は?

家康は宣言通り織田方の丸根砦に攻め入りました。

清須城では中条家忠(野添義弘)、簗田政綱(内田健司)、信長、妻・帰蝶(川口春奈)が現状把握中。

家康の寝返り説得失敗をふまえ、信長は清須城に籠城することを決めました。

歌を歌いながら集中しひらめいた信長、家臣に今川の兵の数を探らせて善照寺砦で落ち合おうと命令します。

実は籠城は清須城にいるであろう今川スパイへのおとりで、各地へ分散して兵数が減っているであろう今川軍と善照寺砦で戦を、そしてそれに自分も行くという作戦のようです。

本当に兵の数が減っているのか心配する帰蝶に「いずれ人は死ぬ」と覚悟の上の出陣だと宣言。

信長の隠し子発覚

まだ心配そうな帰蝶に奇妙丸(のちの織田信忠・加藤矢紘)を会わせた信長。

奇妙丸(のちの織田信忠・加藤矢紘)…織田信長と愛人との間に生まれた長男。1557(弘治3)年生まれ。信長と数多の戦を共にし、1576(天正4)年に家督、美濃東部、尾張の一部を譲られ、信長の正室・帰蝶を養母として岐阜城城主となり、帰蝶の弟である斎藤道三の末子・斎藤利治が側近となる。1577(天正5)年8月、信貴山城の戦いで明智光秀、豊臣秀吉らを指揮して松永久秀親子を落とす。その後も徳川家康らとも多くの戦果を挙げ、影響力を広げる。1582(天正10)年、本能寺の変で父・信長の死を知ると光秀を迎え撃つべく二条新御所に移動、籠城したのち自刃。

自分の子だと言う夫に帰蝶の表情は固まります。

隠し子発覚で信じられないと言う顔の帰蝶に、正妻の帰蝶との間に子がいないから仕方ないとバツの悪そうな信長…

のぶ!こういうとこだよ!今の完全にお母さんに叱られてる顔だよ!

ひどい侮辱ですよね自分は殿第一で今まで尽くしてきてるのに…

「わしが死んだらこの子を育ててくれ」だそうですよ。

頼りにしてるよっ!よろしくねっと言い残し信長は清須城を後にします…。

 

今川勢が次々勝利を収める

丸根砦、鷲津城 陥落

丸根砦を落とした家康。

そして午前9時、信長が善照寺砦に向かいます。

一方、義元は沓掛城を出発し桶狭間を経て大高城を目指していました。

光秀が清須城に到着

信長が出陣し帰蝶だけが残された清須城に光秀が到着します。

不安そうな顔の帰蝶。こんな顔たぶんみっちゃんにしか見せないよ…。

奇妙丸を「天から降ってきた大事な預かりもの」と言える帰蝶の健気さよ…。

信長を追う光秀の脳裏には故・斎藤道三(本木雅弘)の「あの男から目を離すな」という言葉が浮かんでいます。

越前では尊敬できる上司のいない光秀に、道三と信長は何か仕えたいと思う共通するものがあるのかもしれません。

 

午前10時、信長は善照寺砦に到着

織田軍と今川軍の兵数にはまだ圧倒的な差が

佐久間右衛門厨信盛(金子ノブアキ)にこの砦にいる織田軍は2500と聞き、途中集めた兵も含め合計は3000と推測する信長。

佐久間右衛門厨信盛(金子ノブアキ)…織田信秀・信長親子の家臣。桶狭間の戦いでは善照寺砦を守備し、戦後に鳴海城を与えられる。この後、松永久秀を味方につける交渉をしたり、比叡山焼き討ち、将軍・足利義昭との和睦交渉など多岐にわたり関わる。1573(天正元)年8月、朝倉義景軍の追撃を怠ったため信長の怒りを買った上に口答えしてしまい、厳罰を命じられそうになる。1580(天正8)年、この時点で織田家の中でも最大規模の軍団を統率していたが、信長から19カ条にわたる折檻状を突きつけられて追放される。その後のポストは明智光秀が担い、本能寺の変へとつながっていく。1582(天正10)年、死去。

今川軍は7000~8000。現在地は桶狭間付近。

まだまだ数に差があります。

どうにか今川軍を減らせないか…そして警戒しているのは説得に失敗した家康。

信長、どう出るか…?

家康は大高城へ戻る

丸根砦を落とし、大高城に戻った家康。

今川軍家臣・鵜殿長照(佐藤誓)は勝利の連続にご機嫌。

義元に朝廷から三河守になる命が下りたらしく、 義元が実質、三河の主になったと大笑いです。

家康の表情は複雑です…。

さらにそこへ今すぐ鳴海城へ行き、そばにある善照寺砦に入った信長との戦に加勢しろと命令してくる長照。

兵の疲れを考慮し休ませてほしいと言いますが、長照は認めず。バッチバチの予感。

桶狭間の義元は…

午前11時、桶狭間では義元が優雅にご飯食べながら作戦会議中。

音楽が鳴り舞を舞い、笑顔でおにぎり?をほおばっていて着ているものも明らかにお金がかかっています。

当然なんだけど格差すごい。

鷲津砦にいる兵が乱取り(戦で勝った方が負けた方の食事、金目のものを漁ること)を行っていると聞き激昂する義元。

こういう卑しい真似はお嫌いのようで、その兵を始末しろと命じます。いいの?

 

午後0時、信長出陣

信長、桶狭間へ

中嶋砦付近へ織田軍・佐々隼人正(内浦純一)を向かわせ、今川軍の兵をさらに1000人分散させることに成功した信長。

佐々隼人正(政次・内浦純一)…織田信秀・信長親子の家臣。桶狭間の戦いの序盤で信長が善照寺砦に到着したしたのち、今川義元軍に攻撃をかけ討死する。

5000にまで減った今川軍、今が好機とついに桶狭間へ向かいます!!

その1時間後、雨が降り出し今川軍は慌てて陣営を移動させます。

「塗り輿を狙え」と命じる信長。雨に濡れないよう塗り輿に乗りこむ義元。あ、フラグが…

命令に背く家康

家臣とともに体を休めていた家康。

長照が今度は桶狭間へ向かえと言う義元からの命令を、何休んでるんだと怒りながら伝えてきます。

「三河のものは桶狭間へは向かわない。今日はここを一歩も動かない」

と家康は理不尽なコロコロ変わる命令に背く意思を見せ、兵とともに床を拳で叩きながら威圧します。

さすがの長照も怒り狂いながらもあとずさり。

今川は敵。いずれ討つ。

幼いころからずっと心の中にあった決意が浮かんでいます。

 

午後2時、今川義元散る

討ち取ったのは毛利新介

弓で奇襲をかけた織田軍・毛利新介(今井翼)。強いよ~!!

毛利新介(のちの良勝・今井翼)…織田信長の家臣。1560(永禄3)年、桶狭間の戦いで今川義元の首を取り名を挙げる。1569(永禄12)年の大河内城攻め、1582(天正10)年の甲州攻めで信長とともに参戦。本能寺の変の際、信長の子・織田信忠を守って二条新御所に籠城し共に討死。

「輿じゃ!輿を探せ!!」と義元の乗っている輿をひたすら探す織田軍。

慌てて義元を輿から下ろし、陣営で囲い守ろうとする今川軍。

義元もさすがの強さで、次々と襲い掛かる織田軍の兵をなぎ倒しますが、足を刺され負傷。

体勢を崩したところに…新介が……

ジャンピング一突き!!!!!

義元の瞳に降ってくる新介が映る演出良かったです。

「毛利新介、今川義元討ち取ったり~~~~~!!!!」

名乗り大事ね。これで名前覚えられるもんね。信長、作戦勝ちでいい笑顔!

光秀と信長のこの先の関係を暗示させる会話

結局、家康は大高城にとどまり桶狭間へは向かいませんでした。

そして完全出遅れ蚊帳の外の悲しい光秀は帰り道の信長を迎え、水を信長に渡しきらっきらの目で祝いの言葉を述べます。

「褒めてくれるか?」ってのぶ、本当に精神が幼稚な毒親育ち感があふれまくってます。そこがいい←

この人の原動力は 「褒められたい」に尽きるんでしょうね…。

そして言っちゃう。

「帰蝶は何をしても褒める。あれは…母親じゃ

このマザコンがぁぁぁぁぁあああ~~~~

この夫婦、この先 夫と見ている帰蝶母親と見ている信長とですれ違っていきそうな気がしないでもないんだけど…。

信長に「この先は何をする?」と聞く光秀。

まずは帰蝶を喜ばせるために美濃と信長。そしてその次は…笑顔でごまかされてしました。

夕日に向かって去っていく信長を見つめる光秀。

その目には尊敬が、ついていきたいという決意が感じられました。

 

この先はどうなる?

秘伝の薬の製法を託された駒

駿府では望月東庵(堺正章)と駒(門脇麦)が京に帰るかと相談していました。

文は家康から母・於大の方と会った、信長の計らいで三河・岡崎へ帰れることになったと文をもらっていました。

京に帰ることにした東庵と駒、最後に芳仁(ベンガル)にお灸をしに行ったところ芳仁秘伝の薬の製法をたくされます。

この薬、何の伏線なの!?

光秀が思い出すのは道三のあの言葉

光秀は馬を駆けて桶狭間を後にします。

その顔には笑みが…そして道三の「大きな国を作るのじゃ」という遺言が浮かんでいます。

光秀にとって道三がどれだけ大きな存在なのかわかりますね。推しなので回想シーン嬉しい(*^-^*)

ところで佐馬助はどこ行ったんでしょう?

 

ついに放送再開!第二十二回「京よりの使者」の放送は8月30日!

予告だけでも滾りましたね~~~!

ついに信長の家臣に!

休止中の歴代大河もおもしろかったですが、やっぱり再会うっれしーーーい。

楽しみです(^o^)丿

 

続きはコチラ↓

【ネタバレ】日本史苦手な大人が観た『麒麟がくる』|第二十二回「京よりの使者」【あらすじ】

 

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